私の好きなタイルに『泰山タイル』がある。
この『泰山』の読み方は『たいざん』
いわゆる美術装飾タイルと呼ばれるタイルなのだが、私がタイル好きになるきっかけの一つとなったタイルでもある。
泰山タイルとはじめて出会ったのは、数年前に兵庫県西宮市にある旧甲子園ホテルに見学に行った時だ。
旧甲子園ホテルは旧帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの弟子である遠藤新が設計し1930年に開業した。
現在は武庫川女子大学甲子園会館となっているが、この建物の中の一室に泰山タイルがあった。
それは一階の昔酒場だった部屋で、その床に様々なタイルがランダムに貼り付けられていた。そのタイルの組み合わせの美しさに目を奪われたのだが、それが泰山タイルだったのだ。
実のところ、ここに貼られているタイル全てが泰山タイル製ということでははなく、他のメーカー製のものも混じっているのだか、この様々なタイルをランダムに貼るという乱貼り技法は泰山タイルが得意とした技法ということを後日知ることになる。
たしかに実際泰山タイルを探して、いろいろな泰山タイルが使用された建物を巡っていると、よくこの乱貼り技法を目にすることになった。
こうして私の心の中に泰山タイルが強く刻まれ、泰山タイルを探す日々がはじまった。。。
→ 関連記事:【近代建築の楽しみ方】タイル編
泰山タイルは池田泰山が京都市東九条の地に1917年(大正6年)に開いた泰山製陶所によって作られたタイルである。
特に美しい美術装飾タイルや乱貼り、モザイク集成(※1)と言った技法を得意としており、その技術力の高さで建築家から直接指名されるなど戦前の洋風建築に特に用いられ日本国内はもとより、満州などにもそのタイルは広がっていた。
その泰山製陶所自体は残念ながら1973年でその活動を終えている。
しかし池田泰山のお孫さんにあたり、実際に泰山製陶所でも活躍されていた池田泰佑さんが、泰山製陶所でも行われていた集成モザイクの技法で作品を作る陶製モザイク作家として現在も活躍されており、私も何度か個展に伺い作品や泰山タイルについてお話しさせてもらったこともある。
こうして新しい作品に感じることができる泰山製陶所の息吹と、古い建物に残る泰山タイルを一緒に楽しむことができるのは嬉しい。
※1 集成モザイク
集成モザイクとは、タイルを割って張り付けて柄をつくる技術で、その表現をしやすいように、専用のタイルを焼いていたのである。四角いタイルの裏面に、バイアス状に筋目を入れて焼いていたもので、こうしておけばきれいに割りやすい。
-「ゆらぎ モザイク考」(2009, INAX出版)より引用
最初に旧甲子園ホテルではじめて泰山タイルと出会ってからから「泰山タイルを探す日々がはじまった」と話したが、その手始めは書籍やネットから情報をかきあつめ自分が住んでいる大阪から近場にあるところから少しづつ訪れてみた。
やはり泰山製陶所自体が京都にあったという地理的な理由からか、京都には多くの泰山タイルが残っている。
それらの建物を実際に訪れてみると、泰山タイルが使われているのは立派な近代建築の洋館ばかりと思っていた自分の考えが間違いだったと気付いた。実は喫茶店や旅館、銭湯などジャンル問わず様々な建物に使われていることがわかったのだ。
「そういくつも泰山タイルを見てたら、一目みたら泰山タイルってわかるんでしょ?」
と思う人もいるかもしれないが、正直なかなか難しい。。。
では、そのタイルが泰山タイルなのかをどう判定するか?
タイルというのはその裏面に製造元を示す刻印が刻まれていることがあり、泰山タイルの場合次の画像のように「丸に泰」になるが、その裏面は壁や床との接着面にあたるため通常はみることはできない。
なので破損や修理などで裏面が見えない限り刻印は確認できないのだが、その不幸中の幸いで泰山タイルと確認できたものや、資料や研究者の調査から確実に泰山タイルとわかっているものを、私は『泰山タイル』としている。
また「確証はないけど泰山タイルかも?」と思われるものも何件かあるのだが、ここではそれも含め泰山タイルのある建物として紹介したいと思う。
※ここに紹介するものは私が訪れたことがあるものだけです。他にも現存している泰山タイルが使われた建物は存在します。もしかしたら泰山タイルでないものも含まれている可能性もあります。その点予めご了承ください。
店内にも素晴らしいタイルがあるが撮影禁止。是非食事で訪れて観てほしい。
タイルの特徴から泰山タイルと目されているが、正確には不明。個人的にはここにある網代形タイルと同じようなタイルを山茶窯製でみたことがあるので、山茶窯の可能性もあるのではないかと思っている。
地下にあるタイル。タイルの特徴から泰山タイルと目されているが、正確には不明。地下に降りる階段にあるモザイクタイルは近年追加された別のタイル。
非常に美しいタイルであることから泰山タイルの可能性も考えられるが、正確には不明。
残念ながら数年前に解体されたが浴室奥の壁面に集成モザイク技法で海女さんのタイル絵などが描かれていた。
※復刻品の可能性あり
バルコニーに出る前の床に使用されている。他では見たたことが無い絵柄で大変珍しい。見学はイケフェスで何度か行われたが倍率が非常に高い。素晴らしいので是非とも訪れて観てほしい。
談話室の壁にタイルタペストリーとして使用されている。非常に美しいタイルだが画像の公開は不可。見学は事前予約やイケフェスで行われたが倍率が非常に高い。予約も予約待ちで半年ほどかかった。特に素晴らしいので是非とも訪れて観てほしい。
こんなに素晴らしい泰山タイル。「ぜひ、購入して手にいれたい」と思う方もいるかと思うが、先述のように泰山製陶所自体がすでに閉鎖されているため、新規で購入することはできない。
ただし、先述のように池田泰山のお孫さんの池田泰祐さんがモザイクタイル作家として活動をしているため、その作品を購入することができる。
また、タイルそのものはみかけたことはないのだが、泰山製陶所が作った陶磁器の記念皿や置物は蚤の市や骨董市ではみかけたことがあるので、そちらで出回ることもあるかもしれない。
今もまだ日本中に残る古い建物の中に泰山タイルが誰からも知られずに眠っているかもしれない。
私はこれからも、一つでも多くの泰山タイルに出会いたいと強く願いながら「泰山タイルを探す日々」を楽しんでいきたいと思う。
是非、みなさんも古い建物の中にタイルがあれば「泰山タイルかな?」と楽しんで観てもらえると嬉しい。
では!
最後に本記事を書くのにも、また自分の泰山タイル知識を勉強するのにも大変参考になった書籍をご紹介したい。特に泰山製陶所の写真など他にない情報が確認できるものもあり貴重。
東京国立博物館内に泰山タイルがあることを教えてくれた本。他にも美術装飾タイルとして有名な小森忍の山茶窯についての記述もありモザイクタイル好きとしては持っていて損はない。昔の泰山製陶所の事務所や職人の作業中の写真なども載っていて貴重。 この本で京都にある泰山タイルについて色々と知ることができた。対象のページ数は少ないが私にとって貴重な本になった。 なかなか行くことができない泰山タイルがある東京の建物がまとめらた特集ページがある。まだ行けてないところもあるので早く行ってみたいものだ。→ 関連記事:【近代建築の楽しみ方】タイル編
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